何故私はそんな行動に出たのか。ハッキリとは覚えていないが、とにかく少しでも早くその場を離れたい

があまりに、「これで勘弁してね」という意味合いの咄嗟の行動だったのだろう。そして困惑して戸惑って

いる彼女を無情にひとり置き去りにして、私はそのまま近くに停まっていたタクシーに飛び乗って、山科

のボロアパートに帰って、バタンキューでぐっすり眠りこけた。それからしばらくは、もしあの時体調が悪

くなければ私は間違い無く彼女と・・・といった恥ずべき妄想に度々取りつかれました。そしてこの一件

以来あの姉妹はパッタリと「キャッスル」には来なくなった。そしてふたりとは全く会うことがなくなって、

それから確か７年程経った頃、私は「チャド」というクラブでドラムを叩いていたのだが、ある日ステージ

の合間にビルの前でバンドの他のメンバーと立ち話をしていた時のことである。ひとりの芸妓が通りか

かった。島田髷に引摺り、黒い詰袖の着物。それはあの姉妹の妹の方だった。おぼこい舞妓からすっか

り色っぽい芸妓になっていたのだ。その時彼女は私達の気配を感じて一瞬こちらを見た。そして私と目

が合った。その表情からはかすかな驚きと、困惑と、懐かしさが感じ取れたように思う。それはほんの一

瞬のことで、彼女も私もお互いに声をかけることも無く、彼女はすぐに前を向きそのまま歩き去ってし

まった。それ以来、今に至るまで彼女とは一度たりとも会うことは無かった。                          もどる